歌人・黒瀬珂瀾の筆名の由来や本名 妻の実家の寺の住職だった?

NHK短歌の選者として歌人の黒瀬珂瀾さんが登場します。黒瀬さんはなかなかのイケメンですよね。

そして黒瀬珂瀾(くろせ からん)というペンネームがとっても素敵です。

一体どのような由来でつけれてものなのでしょうか。

また本名はどのような名前か気になりますね。

そんな黒瀬珂瀾さんについて調べてみました。

 




黒瀬珂瀾(くろせ からん)さんプロフィール


画像引用:http://webun.jp/

生年月日:1977年7月22日(現在40歳)
出身地:大阪府豊中市
出身校:大阪星光学院高等学校⇒大阪大学文学部卒業
居住地:富山県(金沢から2017年10月頃転居)

 

黒瀬さんは13歳から短歌を始め、1995年の高校生の時に中高生向けの短歌雑誌「白い鳥」に入会したそうです。

大阪大学に在学中には京都大学の短歌会に所属し、また大阪大学近くの古書店・太田書店でアルバイトをするなど学生の頃から文学青年だったのですね。

短歌を続けてきたのは「前衛短歌」に感動をしたことが理由だったそうです。

前衛短歌とは?

1951年から1967年までに起こった、近代短歌の脆弱さを払拭し、リアリズムとモダニズムを総合することで現代短歌へと革新させた文学運動。主な歌人は、岡井隆、塚本邦雄、寺山修司、葛原妙子、中城ふみ子、春日井建、浜田到、石川不二子。彼らは全て中井英夫によって発掘された。当時は短歌の主な活躍の場である結社の多くでは前衛短歌は認められない風潮の故に総合誌でしかデビューできなかったという背景がある。
引用:http://d.hatena.ne.jp/

 

黒瀬珂瀾さんの筆名(ペンネーム)の由来は?

黒瀬珂瀾(くろせ らかん)さんというお名前の響きとっても素敵ですよね。

このお名前は筆名(ペンネーム)という事です。一体どのような由来があるのでしょうか?

黒瀬さんは当時の本名だったそうです。

いつ頃つけられたペンネームかは不明ですが、現在は黒瀬さんではないそうなので、婿養子に入られたか、子供時代にご両親が離婚され名字が変わったという事も考えられますね。

何でもフランスの詩人アルチュール・ランボーの響きを入れたかったそうです。

響き入ってますかね??

また「珂」は宝石という意味、「瀾」は波という意味で「つらぬきとめぬ玉ぞ散りける」の心ということです。

これは百人一首37番の下の句を引用されていますね。

白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける    文屋朝康

この歌の意味

草葉におかれた白露に、風がしきりに吹いている秋の野は、その露が風に散り乱れて、紐に通されていない美しい宝石やガラスのビーズが散らばっているかのようだなぁ。
引用:http://www.caruta.net/

 

なんだかとっても奥が深いペンネームなんですね。

と思ったのですが実際には近所のおねえちゃんがつけてくれたペンネームだそうです。

そのおねえちゃんセンスいいですね!!

黒瀬珂瀾さんの妻は大学教授?

黒瀬珂瀾さんの奥様は金沢大学の准教授である鈴木暁世(すずき あきよ)さんという方です。

こちらの方


画像引用:http://jinbun.w3.kanazawa-u.ac.jp/

専門は日本近代文学、比較文学という事で黒瀬珂瀾さんと同じ大阪大学の文学部出身で同級生だったそうですよ。

また1977年、富山県生まれという事で、黒瀬さんと同じ年のようです。現在黒瀬さんは富山県にお住まいなので奥様の地元にいらっしゃるようですね。

 

黒瀬珂瀾の本名は?

素敵なペンネームの黒瀬珂瀾さんですが、本名はどのようなお名前なのでしょうか?

ペンネームを付けた当時の名字が黒瀬さんという事はわかりました。

もし黒瀬さんがご結婚され婿養子に入られたという事ですと名字は鈴木さんという事になります。

しかし、本名についての情報はありませんでしたので、定かではありません。

黒瀬珂瀾はお寺の住職でもある

 

黒瀬珂瀾さんは浄土真宗本願寺派の僧籍をお持ちで、富山県野口にある願念寺(がんねんじ)の住職さんでもあるそうです。

こちらは奥様のご実家のお寺という事なのでやはり婿養子に入られたという可能性が高いですね!

お寺で住職をされる傍ら歌人としても活躍してたなんてとっても驚きですね!

 

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